スウィート・スウィートバック

badass監督・脚本・原作・製作・編集・音楽・主演:メルヴィン・ヴァン・ピーブルズ
出演:ブラック・コミュニティ、ブラザー・ソウル、メルヴィン&マリオ・ヴァン・ピーブルズ
サウンドトラック:アース・ウィンド&ファイア
1971年/アメリカ/スタンダード/98分/原題:Sweet Sweetback's Baadasssss Song
オリジナル・ノーカット デジタル・リマスター版
提供:キングレコード
配給:ミラクルヴォイス

メルヴィン・ヴァン・ピーブルズは映画界のマルコムXである。

あからさまに勝つ。むき出しで走る。必死の果てに逃亡を成し遂げる。逆襲を宣言する。逃走にピリオドを打たない。アメリカ白人合衆国に対して映画でそれを完遂した最初の映画が『スウィート・スウィートバック』である。 その男メルヴィン・ヴァン・ピーブルズは、映画界のマルコムXである。大胆な画面は血潮に忠実であるがゆえ。もたもたしていればぶっつぶされる現実の中で、もがくより先に実行せねば、簡単に水泡に帰す。退路のない状況が映像に塗り込められている。

 天空に拳が突き挙げられていた。68年のメキシコ・オリンピック男子陸上200メートルの表彰台に上がった1位と3位の2人のアメリカ黒人選手は黒い手袋をはめた手を天に突き出し、頭を垂れて目を閉じていた。この2人の様子をテレビで見た小学6年生を俺はそれまでに味わったことのない異和感と胸騒ぎを覚えた。「この人たちは何をしているのだろう」と。まず何かに悲しんでいるだろうと思った。何事かで死んだ人がいて、それを追悼しているように見えたのだ。だがそうすると、2つの黒い拳は何なのだろう。誰かに対して怒っていることを示しているのか。だとすると誰に対してだろう。「反戦」の2文字が頭に浮かんだ。ヴェトナム戦争まっただ中に1968年に、戦争に対して反対している人々がいることは小学6年生にもわかっていた、身近かにアメリカ軍兵士がいたし、上空を飛ぶ米軍のヘリコプターの姿が日常の一部だった横浜に暮らしていたせいもあるだろう。ヴェトナム戦争、という言葉からイメージされるいくつかの風景や言説の俺の個人的ファイルの中に、68年10月からこの2人の黒い拳が加えられた。が、それは単純な分類でしかたなかったことをその後俺は知ることになる。

 拳の主は、トミー・スミス(金メダリスト)とジョン・カルロス(銅メダルリスト)。2人は反戦ではなく、アメリカ合衆国の黒人差別反対の意志をそこで表明していた。政治的行動はオリンピックの主旨に反するとの判断から2人はただちに選手村から追放された。2人の主張をシンプルに言語化すればこうだ。

 ブラックパワー!

sweet

 白人さまのおかげでオリンピックに勝てました、というこびへつらいの真逆。俺たちがここにいられるのは多くの同志の犠牲によるものであり、こうしている間にも“白人ではない”という理由だけで殺されたりと投獄されたりする者は数知れないのだ、と2人の拳は宣告していたのだった。時をへだててジェームズ・ブラウンやPファンクを聴き、その音楽の背景を知るうちに、2人の拳をはじめとするいくつかの断片が組み合わされていった。アメリカ黒人はなぜ怒り続けているのか、その理由をできるだけ 多く知りたい、と思った。ある日ふと目にしたテレビで『スーパーフライ』をやっていた。音楽は心地いいが、ストーリーがよくつかめぬうちに物語はあらよっと終わってしまった。「これもブラックパワーなのか」とそれを見た当時(高校生)俺は解せなかった。その2人の拳とそこには大きな隔たりがあった。スミスとカルロスの拳は、たとえばJBの「ゲロッパ」よりも重いが、ジミ・ヘンドリクスの「星状旗よ永遠なれ」のように心にソリッドで奇異だった。多くの歴史的なアイコンのひとつだと俺は永遠思っていたのだが、音楽や書物(小説や詩)はあるのに何故映画からは同様な衝撃を受けることがないのだろう、と思った。『黒いジャガー』や『ワッツ・スタックス』、『レディ・シングス・ザ・ブルース』は単なる娯楽、ディスコ用ファンクのようなものだった。

 きっとあるはずだ、と漠然と思うようになったのはスパイク・リーが作品を発表するようになってからだった。すでに80年代なかばだった。ラップが世間を騒がせ、パブリック・エネミーに俺も驚き、夢中になった。怒りをエンターテインメントに変換している音と言葉の強度は極立っていた。スパイク・リーは『デゥ・ザ・ライト・シング』のオープニングでパブリック・エネミーの「ファイト・ザ・パワー」を使った。この映画は人種対立をテーマにしていた。この映画は人種対立をテーマにしていた。89年のことだ。折しもニューヨーク近代では黒人の不当逮捕や白人による黒人の惨殺などが続発していた。マルコムXの本が再び路上で売られていた。

 “Sweet Sweetback's Baadasssss Song”という長くて珍妙なタイトルの映画があること知ったのもそのころだった。これはいったい何なんだろう。スパイクが敬意を表する作品、そして監督メルヴィン・ヴァン・ピーブルズという人。

sweet 冬のある日、91年2月、その映画がクイーンズのアメリカン・ミュージアム・オブ・ザ・ムーヴィング・イメージで上映されること同所で行なわれていた“From Harlem To Hollywood”という、アメリカの黒人映画の歴史を回顧する企画展のイヴェントの1つだった。1910年代のオスカー・ミショー作品から70年代のブラックスプロイテーション・ムーヴィーまでを這るもので、同館とマンハッタンのフィルム・フォーラムとが連動して、資料の展示と作品上映を連日行なった。俺は妻と足しげくミュージアムと映画館に通っていた。数多くのブラック・ムーヴィーを集中的に見ることができた。

 「この作品はかつて商業的に成功したものではあるが、また多くの人からなった私が嫌われる原因となったものだ。アメリカ国内で上映される機会はほとんどないに等しいから、今日ここに来た人みなさんは、ラッキーだと思う。しかし見終わってから、アンラッキーだったと思う人もいるだろう。なんてこったこんなもの見ちまったぜって。それはそれで、やっぱりラッキーだったってことだと私は思うが。ひどいことに私は自分の息子マリオをこの映画に無理矢理出演させている。なんてこった(笑)」というようなことをメルヴィンは、その上映に来場し、上映前に観客に語った。映画が始まるやいなや画面に向かってメルヴィンは叫んだ。「It's Mario!」場内は爆笑したが、その笑いはタイトル・バックが現れるころにはすっかり消えていた。

 映画が終わり、俺は隣で見ていた妻に言った。「これだ」、と。

 天空を突いた二人の黒い拳の問いかけたことの数々が激流となって画面から溢れ出てきた。二人の拳がこの映画と合体してやっと23年かかって、俺の体の中心に激突した。感動とか衝撃とかそういう言葉で表わされるもの全てがこの時俺を覆い尽くしていた。アフリカン・アメリカンに関する多くの何故が一気に解けた。

 四の五のいうより、まずこれを見なければしょうがないだろう、と言う思いにかられて、俺は『スウィート・スウィートバック』の上映が日本でもできないのものか、と考えた。それにはまずメルヴィン・ヴァン・ピーブルズに逢わねばならないのであった。

 数カ月後、妻と俺はマンハッタンのメルヴィン・ヴァン・ピーブルズ宅を訪ねていた。

badass
melvin

「“白くして”ってさ」

『バッドアス!』制作前のミーティングで、会社側はマリオに、主人公以外のキャストは白人にして、内容もコメディでなければダメと言ったそうです。36年前にも聞いたセリフではないか。

俺はきらわれ者

「著者は俺に書いてくれと言って来たのに、俺が推薦文書くと売れなくなるからって、出版社から止められた、と言うやつは何人もいるよ。俺はほんとうに嫌われ者なんだ。一部の人たちの間では、昔からずっと」(メルヴィン談)

きちんと挿入

『スウィート・スウィートバック』で、スウィートバックは数人の女性と交わうが、そのシーンの収録に際しメルヴィンは律儀にその都度きちんと挿入し、事を成していたとのこと。「だっていつもそうしているのだから。ちゃんとやるのが礼儀だろう」とのこと。

あまりにもインディペンデント

 アメリカのいわゆるニュー・シネマと通じる空気もなきにしもあらずだが、余りにも自主独立作品だったので、そういった括りで論評されたことはない。最近出版されたアメリカのインディペンデント・フィルム・メーカーに関する数冊の書籍にもなぜかメルヴィンは載っていない。名前さえも。「何か不都合があるんだろう」(メルヴィン談)
 アメリカ国内ではつまりずっと鬼っ子(人も作品も)だったわけだが、フランスでは新作も撮っている。
 『スウィート・スウィートバック』はアメリカ国内ではここ10年来上映されたことはない。海外ではイギリスとオーストラリアで数国上映されたのみ。もちろんヴィデオ化されていた国はアメリカ以外では日本だけ。

フランス語も堪能ざんす

 フランスでは小説家としても著名なメルヴィンはしばしばパリなどで、小説及び映画に関するレクチャーもしている。フランス語も得意で、『シャフト(黒いジャガー)』のフランス語字幕もメルヴィンが担当した。

最近のメルヴィン

 最近のメルヴィンは、秋にブロードウェイで再演される“Ain't Supposed To Die A Natural Death”の改訂作業中。新作映画計画も進行中。連続テレビ・ドラマの出演が決定している。05年春にはメルヴィンの生涯を描いたドキュメンタリー“How To Eat YourWartermelon In White Company(And Enjoy It)”(監督:ジョー・アンジオ)が、トライベッカ・フィルム・フェスティヴァル等で公開されている。この映画は制作10年を要した力作である。

badass来日してました!

12年ぶりに映画のために来日したマリオ&メルヴィン親子。
マリオの息子2人もあわせて三世代ファミリーで記念ショット。

2005年8月、渋谷

ページトップへ戻る▲