2004年、日本では映画『END OF THE CENTURY』が公開されて話題を呼んだ。この映画は、これまで一度も明かされることのなかったラモーンズの内情を暴くドキュメンタリーだ。関係者の間では公開前から意見が分かれ、あまりにネガティヴな告白に大きなヒットは期待できないという意見もあったが、蓋を開けてみるとそのダークサイドは、リアルな人間の感情がぶつかり合う人間ドラマとして評価され、結果的には音楽映画の中で異例の大ヒットを記録した。
あれから3年が経った今、再びラモーンズの映画が公開される。
今作『TOO TOUGH TO DIE』は、2004年9月12日にロサンゼルスで行なわれたラモーンズ生誕30周年記念ライヴの様子を中心に描かれたドキュメンタリーだ。こう書くとライヴ映像を見せるコンサート映画のように捉えられてしまうかもしれないが、映画の持つ意味は少しニュアンスが違う。この一見祝賀ムード満載のこのライヴが、ただのコンサートではなかったこと。それと同時に、この『TOO TOUGH TO DIE』も単純に演奏風景を見せるライヴ映画ではなかった。その意義とは何か。それはこのイベントの裏側で癌と闘っていたラモーンズのリーダー、ジョニー・ラモーンを激励する目的があったのである。
ジョニー・ラモーンは映画『END OF THE CENTURY』の中で独裁者であり、バンドをコントロールするリーダーとして描かれている。この映画の一場面に仲が悪かったジョーイが死に直面していることを知って葛藤する場面があるが、実はジョニーの体もあの時既に癌に冒されていたのだ。ジョニーはこのロサンゼルスの記念ライヴが行なわれる2か月前の6月末に癌の合併症で倒れ、7日間意識不明の重体で集中治療室に入ったものの、奇跡的に生還を遂げ自宅に戻れるまでになった。しかし結局病魔には勝てず、この映画のライヴの3日後に帰らぬ人となってしまう。
そんな背景を踏まえて当日の様子を紹介していこう。
9月12日、ロサンゼルスのハリウッドにあるアヴァロン・シアターには記念すべきコンサートを一目見ようとする多くのロック・ファンが集まった。それもそのはず、このイベントの参加バンドは、つい先頃日本でもドーム公演を成功させたレッド・ホット・チリ・ペッパーズをはじめ、パール・ジャムのエディ・ヴェダー、ランシド、元セックス・ピストルズのスティーヴ・ジョーンズなど、錚々たるメンバーが一同に介していたのだ。また西海岸のラモーンズ、ディッキーズやLAパンクの重鎮X(エックス)の姿もあり、ロック・ファンには一度にこれだけのメンツが見られる豪華なイベントだった。しかも普段はやらないラモーンズの曲を演奏するとあって、一夜限りのスペシャルな夜に会場は熱気に溢れていた。
最初のバンドのディッキーズは「トゥモロウ・ザ・ワールド」を自分達のオリジナル曲にまぜながら演奏し、次のX(エックス)は「シーナはパンク・ロッカー」を披露。この西海岸パンクのベテランの後に、オリジナル・ドラマー、トミー・ラモーンがメッセージを読み上げた。そして早くもこの日のスペシャル・ゲスト、レッド・ホット・チリ・ペッパーズが登場。彼らは自分達の曲を一切やらず、全5曲全てをラモーンズのアルバム『ロード・トゥ・ルーイン』の中からプレイするという異例のパフォーマンスでラモーンズへの敬愛を表現した。これはファンならずとも貴重な映像だろう。実は先日の大阪ドーム公演でもラモーンズを1曲演奏していて、今でもレッチリにラモーンズの血が受け継がれているのが垣間見られたばかりだ。
この後、このコンサートの中でクライマックスと言えるシーンが来る。それはこの日の司会を務め、ジョニーとこの日のショウを計画してきたロブ・ゾンビがステージ上から携帯電話を使ってジョニーに電話をかける場面だ。会場の様子をジョニーに伝えようとするロブの粋な計らいだったのだが、電話の向こうからジョニーは「(ステージを中断せずに)続けろ」という、いかにも彼らしい指示を出す。
その後、ステージのバック・ドロップは、ラモーンズのファンには懐かしい90年代に使用していたイーグル・ロゴに変えられた。ドラムにマーキー・ラモーン、ベーシストにCJ・ラモーンを迎えたラモーンズを軸にしながら、次々とアーティストがジョインしてラモーンズの曲が演奏されていく構成となった。CJの「1-2-3-4」のカウントで現役時代と同じように「デュランゴ95」「ワート・ホッグ」と懐かしい曲が続く。ルーニーのロバート・カーミンは「KKK」と「ゴーン・トゥモロウ」を熱唱。続くピート・ヨーンは「アイ・ウォナ・ビー・ユア・ボーイフレンド」を、マイティ・マイティ・ボストーンズが「ボンゾ」を、といった具合にヴォーカリストが次々と入れ替わる形でパフォーマンスは進み、後半にはランシドのティム・アームストロングとバッド・レリジョンのブレット・ガーヴィッツ、エディ・ヴェダーが加わり、「シーナはパンク・ロッカー」を合体セッションで披露。最後はヘンリー・ロリンズとスティーヴ・ジョーンズの「コマンド」「ジュディ・イズ・ア・パンク」「電撃バップ」で、ピンヘッドがおきまりの『GABBA GABBA HEY』のサインボートを掲げてショウは終了する。
こうしてラモーンズ生誕30周年記念ライヴは華やかに幕を閉じた。ステージのパフォーマンスは見事に成功し、祝賀イベントとして楽しい1日になり、ファンも満足しただろう。その場に居合わせた私も久し振りに聴くことができた生のラモーンズ・ソングに酔いしれたし、その裏側にあるジョニー・ラモーン激励というイベントに参加できたことも嬉しかった。
ジョニーがこのイベントの直後に亡くなったこともまた、いかにも彼らしい気がした。最後までラモーンズのメンバーとして自分の仕事を全うする。この日のライヴを生で見届けることはできなかったものの、イベントが成功するのを見届けて逝った。そんな風に思えてならないのだ。
そして本の行間を読むように、映像の合間からこの映画やライヴに携わった人々の心境を読みとることは出来るだろうか。本来この記念コンサートはジョニーが友達と企画し進めていた計画だったが、癌のために本人が参加出来なくなり、友達に託すことになったものだ。それを任されたバンドや人物の複雑な心境、ラモーンズをリスぺクトする姿もこの映画の根底に流れている。たかがライヴ映像とはいえ、そこにはジョニー・ラモーンという人間と、自分のバンドに最後まで拘り抜いた一人のミュージシャンを愛する人達の様々な思いを垣間見ることができるのだ。
2007年6月 yuki kuroyanagi / PHOTOGRAPHER & Ramones Fan Club Japan