コラム

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人類最古の夢 中沢新一(宗教学者、思想家)

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 熊になりたい! これは人類が抱いた最古の夢のひとつである。アメリカ先住民や北方ヨーロッパに住んでいた人々が残した膨大な数の神話の中で、「熊になった少年」や「熊と結婚した少女」の神話は、胸を打つ臨場感ととてつもない古さの感覚で、いまも私たちを圧倒する。人類がまだ旧石器を使っていた頃、その生活の現場の近くにはたくさんの熊が住み、その熊を神とあがめ、また熊を狩ることによって人々は生きていた。そういう時代に、人類が抱いた美しい幻想の中から、人間の熊への変貌を語る神話は、生み出されてきたのである。なぜその頃の人間は、そんな神話を考えついたのか。それは熊が自然の奥底にひそむ、生命と死の謎を理解している、神のような生き物と考えられていたからだろう。熊は雄大な姿を持ち、ゆったりとした森の王者の風格を持って、動物たちの世界に君臨している。熊は動物たちの言葉を理解しているばかりではなく、人間の言葉も知り、植物や岩や川や雲の語る言葉も知っているのだ。そして、冬がやってくると、彼らは穴に籠もって長い冬眠に入る。その間、熊たちは死の世界に降りていき、森の生命を守ってきた偉大な霊に出会い、そしてたくさんの夢をおみやげにして、春先になってまた生者の世界に戻ってくる。熊は死の世界を親しく知ることによって、生命の秘密を理解する鍵を与えられている動物なのである。

 熊は生と死の秘密を知る知恵の賢者なのだ。だから、宇宙と人生の秘密に接近したいと願う人間は、みな熊になることを望んできたのである。熊に変貌できれば、私たちは自然の秘密を知り、人生の意味を理解できるはずである。しかし、それは暖かい火と柔らかい料理とはだかの体を守る着物に守られた文化の生活を捨てて、厳しい自然の暮らしの中に踏み込んでいくことを意味する。それでも、人類は長いこと、熊になろうとする夢を捨てることがなかった。ブッダもイエスも、その意味では「白くまになりたかった子ども」だったのである。

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